旅の情報編09:笑えない話(笑)
インシャアッラー 夕闇のひったくり


 
旅の情報編
文化編
旅の記憶編
生活情報編
リンク集
FAQ:よく頂く質問
シネマコレクション
ブックコレクション
おすすめレストラン
当サイトについて
管理人について
Traveler's cafe
旅する掲示板
マグレブ連絡帳
私のイチオシスポット
We love morocco
others
モロッコ雑貨
砂漠への旅
管理人にメール
「ありがとう」感謝の気持ちは5DH?!


忘れようにも忘れられない史上最悪のツーリスト!(笑)
なんだか悪口じみてて申し訳ないのですが、あまりにもすごかったので、今でもこんな人がいたんだと話しては、日本で、モロッコで、あきれたり笑ったり、格好の語り種にしてしまっています。
こんな事まで書いちゃって、管理人ってちょっと性格悪いんじゃないかと思われる方もいるかもしれませんが、似て非なる旅人の話がいくつでも転がっている現実もちょっと残念なのでお話します。せめてオトナとして恥ずかしくない旅人が増えてほしいと願いつつ。

ところで当時のレートは1DH=約10円。また、管理人の年齢は21歳くらいでありました。

偶然の出会い

毎日変わらない日々に退屈しはじめていたある日、ドライバーをしているムハンマドがメルズーガの友達を訪ねるけど行かないかいと誘ってくれるではありませんか。言うまでもなくついていくことに決めた私は、早速翌日の出発を目指して準備を開始。1泊2日用に軽く荷物をととのえてから、久しくしていなかった早起きにそなえて、早い時間に床につきました。

朝は8時頃にワルザザードを出て、ダーディス谷やドラア川などゆっくり眺めながら、まず最初の目的地であるところのティネリールへ。ティネリールで弟と待ち合わせているらしい彼は、多少早く着いてしまったので、トドラ谷にも寄り道してくれました。
貸しきりのランドーローバの助手席に座った私はツアコン気分で大満足。砂漠の景色に疲れた目には、キラキラと光る川の流れがそれは眩しくうつります。

ひさしぶりにのんびりした後、お腹を元気にならしながら再びもどった街の小さなレストラン。まさかあんなことになるとは思いもせずに気分は上々だったのです。

バスターミナルから遠くないそのレストランで、チキンのタジンなど注文し、ムハンマドの弟があらわれるのを待つ私達。暫くすると、彼とはあまり似ていない弟が登場し、なにやら書類を取り出してすっかり話しこみはじめてしまった兄弟。ベルベル語の嵐にすっかりかやの外となってぽつんと座る私のところに、君たちどこに行くのかい?とひとりのモロッコ人が寄ってきました。

すっかりヒマだった私が「メルズーガだよ」と喜んで答えると、「そうか、それならさっき日本人がメルズーガに行くんだといってバス停の方に行ったんだけど、席に余裕があるなら一緒にいきたいっていうかも」というのです。
真剣な表情で話し合うムハンマドに聞くと、私が良ければ別にだれをのせてもかまわないよ、というので、「じゃあ聞いてきてみて」とそのモロッコ人につい言ってみてしまった私がばかでした。

しばらくしてモロッコ人が駆け足でこっちに向かってくる日本人をつれて帰ってきました。
彼女は「私、もうチケット買っちゃったんだけど、エルフードに行きたいんです」といいます。私はバスではエルラシディアに行ってからでないとエルフードにはむかえない、私達は直行でエルフードに行くということを説明すると、「せっかく二人っきりなのにじゃまじゃないですか?じゃまでなければぜひ御一緒させていただきたいんですけどー。おいくらですか?」と聞きます。

ムハンマドは私にとってモロッコではなかなかあり得ない「良い友達」。「じゃまじゃないか?」との問いに「みんなにカップルだと思われてるねー」と苦笑しつつ相談していると、「あの、もうすぐバス出ちゃうんですけど」。せかす彼女に料金はガソリン代の半額でいい、と伝えると彼女の表情が一瞬「固まり」ました。「でもこのチケットどうしよう」と言うので、彼女を連れて来たモロッコ人が、まだチケット買ってない人に売ればいいんだよ、とアドバイス。すると「じゃあ、チケット売れたらお願いしますね」と言ってまたバス停に走って行きました。

しかしこのとき彼女が一瞬見せた戸惑いの表情が、この後2日に渡る悪夢の始まりであるとは、私もムハンマドもこの時考えもしなかったのでした。


 
  アナタ達には興味ない?

街を出る前にガソリンの補充。ここで入れたのは470DH分だったので、彼女への請求は約束通りに235DH。けれどもその値段を告げると「やっぱりそのくらいするか。うん。わかった、降りる時にはらうね」となんとなく納得いかない様子。そのうち車内で何となく自己紹介がはじまりました。

彼女は32才、都内で派遣のOLとして働いているとのこと。「私ね、シェルタリング・スカイっていう映画見て、モロッコにいきたくなって来たの。知ってる?この映画。」
もし私がこの映画をこの時すでに見ていたら、この時点でこの人の怪しさに(笑)気がついていたことでしょうが、不幸なことにまだ見てませんでした。

そんなこんなで車中でのたわいない会話がしばらく続く中、おこってしまった第一の事件。
すっかり饒舌になった彼女がこんな話をはじめたのでした。

「わたしね、ティネリールでモロッコ人の家庭にお世話になったのね。夜は家族で太鼓とかたたいてくれて、凄い楽しかったんだけど、そのうち、やっぱり結婚してくれとかいうわけよ。」

それはまあ、モロッコに一人でやってきて、結婚して下さいって一度も言われない女の子なんてきっといないだろうし、この台詞はレディーに対するごあいさつみたいなものだからさして深刻でもないでしょう。第一家族もいるようなところで言ったりするようなセリフです。本気なわけがありません。(モロッコ人のことだから、半分本気かもしれないけれど)

「でね、しょうがないから私、正直に言ったのね。この国には、こういうところを旅するのが好き、っていうタイプの、あ、コーカソイドってわかるかな。白人。そういうオトコを探しにきたわけで、悪いんだけど、あなたたちみたいなモロッコ人とつきあうつもりはないの、って。そうしたら、なんだかみんなしらけちゃって。私、やっぱりなんかいけないこと言ったかなー。」
・・・・・・・・。

彼女の問いかけにかえす言葉もない私。
彼女はその後もしばらく何かいっていましたが、私は何の返事もできません。まだまだ上の方にある太陽を眺めながら、早くエルフードについてくれーと願うばかりの哀れな旅路。同国人として、そして女性としてもあまりにも恥ずかしく、ムハンマドにこのことは告げられませんでした。

そしてようやく、もうしばらくで日の入りだというころ、私達はエルフードに到着。
するとムハンマド、やめてくれよーと心で叫ぶ私をよそに、「これからどうせメルズーガに行くんだろう、それならこのまま乗っていっちゃいなよ。個人でツアーに申し込むとけっこう高くついちゃうから。」「どうもありがとう、それでいいならそうさせてもらいたいな。」
残念ながらこの車は私のものではない・・・おまけにやつがいいというなら私が断るスジでもない、と私も渋々了解してしまいました。

ハンドルを握るムハンマドが、「友達のお土産にしたいし、僕も飲みたいからビールを買いに行きたいんだけどいいかな?」というのに「あ、砂漠でビールなんていいねー。私も欲しいな」と彼女が答え、我々は町の酒屋さんめぐりをはじめたのですが、不運なことにこの日はどこも売り切れ。
しかたなくムハンマドが「ちょっと高いけど、ホテルのバーなら売ってるだろうから行ってくる」と言って車を降りました。
「高いってどのくらい?」彼女が聞きます。「15DHくらいかな。」
そうです。ここは砂漠のほとりの町であるというのに加え、そこはホテルですからしょうがない。でもせっかくのサハラ砂漠はもう目の前。ケチるよりか思い出でしょう。(いや、管理人は確かにタダの学生ちゃんでしたが)
まあ、百歩譲ってこの場合15DHは高すぎで、「げー、じゃあいらない。」と彼女が断るのもしかたない、としておきましょう。けれどもムハンマドはせっかくの自分のオフのため、そしてサハラで待っている友達のため、ホテルのバーへと向ったのです。

暫くして大きな袋をぶらさげて帰ってくるムハンマド。
「金持ちだねー」と彼女はいいますが、彼は別に金持ちなわけではないのです。別に貧乏でもありませんが。けれどもたとえ貧乏なモロッコ人でもこういう場合、みんなで過ごす楽しいひとときの方が優先順位はずっと上。たとえローンがいくら残ってようと、人前で進んで貧乏をさらけだすようなまねはしないのが、彼等モロッコ人のもう一つの顔なのです。

ムハンマドは言いました。「いや、払おうとしたんだけどね、僕はいつも彼等と働いてるでしょう、たまにはいいよ、って、今日はくれたんだよ」
「えー、ただでもらんたんだ!じゃあ、私も一本もらえるかなー!」
ついさっき、高いから、といってあきらめたんじゃないのか?
思い出よりも、たった200円ほどのお金をとっておくことを選んだくせにいいのか?!

私が独りのけぞるのをよそに、彼は「いいよー」とあげてしまったではないですか!
私はまた独り心の中で「ばかやろー!これはふだんの彼の仕事ぶりに対しておくられたものなんだぞ!タダじゃないんだぞっ!独身貴族のOLのくせにしみったれた事をするんじゃない!!学生のわたしだってそんなみっともないまねはしないぞ!!!」と心狭くも叫んでました。

あームハンマド、あなたはどうしてそんなに御親切なの?こんな事言っているような人に、そこまで親切にしてやることないのにっ!ついに私は「…べつにあげなくたっていいんだよ」と文句をたれてしまいました。
すると彼は、「そういうのは良くないな。ホテルの人たちは親切で僕にビールを分けてくれたんだから、僕だって親切にしなくっちゃ。そういう心のせまいことではいけないよ」と私に言います。
でもそれは、あなたがいつも一生懸命働いてるからだよ、と密かに口答えしつつも、そんなに心の広い彼等モロッコ人の前に改めてわたしは感動し、ついつい自分の事の方を反省してしまいました。

すっかりオレンジ色になった夕日に照らされながら反省する私。
「あー、おいしー。」早速ビールをあける女。
何かが狂ったまま、車は目前に迫る大砂丘へとすすんでいきます。

 
  理想はやっぱり

地平線のむこうに太陽が吸い込まれはじめた頃、私達の車は砂丘のほとりのロッジに到着。
もう絶対、ここであの女とはお別れだ、とほくそ笑む私の後ろでムハンマドがまた何かよけいなことを!「僕はこれからラクダで砂丘の向こうまで友達たちと行って一泊してくるつもりだけど、どう?せっかくここまで来たんだし」「いくら?」
「今日は僕といっしょだから、400DHでいいって。」
(当時砂漠のキャンプといえば、自称ガイドにとって格好のボッタクリプログラムで、1泊1000DH、3000DHといった金額を取られる事も日常でした)

「そうか。うーん。だれも残らないの?じゃあせっかくだし私も行くかな」
高いよー、寒いよー、こなくていいよー、と願う私の声は、アッラーのお慈悲の前にかき消されてしまいました。
ここまで来たらしかたない。もう少しあの女のヨタ話につきあうか。
私もかなりキレぎみだったものの、覚悟を決めまて、ラクダの背にまたがりました。

しかしそんな決意も、たちまち虚空へとすっとんでってしまうような事態がまたもや発生してしまったのです。
空はいつのまにかすっかり暗くなり、あちこちで星がまたたいています。きらめく天の川に、心も少しはなだめられ、「いやー、なんてきれいなんだろう。すっごい天の川!」だれに言うともなく呟く私。すると背後から声が聞こえるではありませんか。

「シナイ半島でラクダに乗った時もこんなだったよ」

…言っておくけど、私はなにも、世界星空比べをしてるわけじゃなくて、いまここで、私の頭上に輝く星空がきれいだからそれをきれいだと言ったまで。
なんであんたの旅自慢を聞かされなきゃならないのっ?!
ラクダの息遣いだけが砂の山に吸い込まれていく闇の中、私はついに頭の中の何かが「ブチブチッ」と音をたてるのを聞いてしまいました。

「なんかラクダの乗り心地悪くない?後ろに座れっていうけど、エジプトでは前の方に座った方がらくだったよ」
もう勝手にしてくれ。モロッコ式は後ろだし、映画なんかでラクダに乗ってるシーンや、テレビでラクダレースやってる時も、みんな後ろにのってるぞ!!
その後はもう何を聞かれようがろくに返事もせずにただひたすら目的地へ。

ようやく到着したテントのわきで、私とムハンマドは、ガイド氏を手伝って寝床や食事の準備のお手伝い。彼女はといえば、荷物についた砂など払いながら自分の荷物のおかたずけ。いいかげん頭にきたので、ついに私はムハンマドにティネリールからの彼女の言動のすべてを話しました。

御親切なムハンマドもようやく私の不機嫌なわけのすべてを理解したらしく、「わかった、もう必要以上に親切にしないよ。」ともらしました。
寝床の準備もようやく一息ついたころ、ガイド氏は本格的に夕食の準備を始めました。
砂漠を吹き抜ける風と、野菜がぐつぐつと煮えていく音だけが聞こえる中、ムハンマドはお土産のビールを取り出してガイド氏に渡しました。

するとモロッコ人の悲しい性か、「君もいる?」と彼女にビールを差し出すではありませんか。15DHをけちって一本も買わなかったくせに、彼女はためらう様子もなく「ありがとう」といって受け取るではありませんか!私は内心おだやかではありません。

そこで「あのね」と彼女が口を開きました。
「私、あなたたちただの友達だっていってたけど、本当は信じられなかったんだ。こういう友達関係が存在するってこと。でも、なんだかわかるような気がしてきた。」
ほー、あなたにもそのくらいは想像できる脳みそがついてるのね、と静寂の中に少しだけ感心していると、

「ねえ、あなたの理想のタイプってどんな人?」
ムハンマドは答えます。「やっぱり友達みたいになんでも話し合えて、お互い尊重しあえるような・・・」というあたりまで言ったところで、私が彼をさえぎりました。

「ねえ、ムハンマド、あなたそんなに誠意をもって答えたりしなくていいんだよ。どうせなんにもわかりゃしないんだから。いったでしょ、この人、「こういう」国を旅したりするのがすき、なタイプの「コーカソイド」を探しにきたって言ってるんだから。そういう種類の女なんだよ。」フランス語でまくしたてました。
すると彼は、「わかった」といって、もう一度言い直しました。

「やっぱり、美人で知的で優しいブロンドの女の子がいいかな!」
すると彼女、こう言うではありませんか。
「そうかー、やっぱりモロッコ人でもそうなんだね。」
「私はね、言ったと思うけど、白人で、40代くらいで、背が高くてお金持ちで、日本語がはなせる人がいいの。(彼女は英語もあまり得意でない)胸毛とかはいやだけど、ちょっと筋肉質の逞しい人がいいな。それでいつか外国に暮らすのが夢。」
「で、やっぱり優しくないとね!」
私がつけくわえると、「…そんなのあたりまえでしょ!」
こんな話をぐらぐらと煮え立つ鍋のゆらりとゆらめく炎をみつめながら真面目な顔してできる人間もめったにいないだろうと思うとだんだんおかしくなってきました。

ムハンマドも調子にのって、「じゃあおれだって逞しいよ、見てよこの腕!おれじゃだめかな」
彼女は「だから〜、コーカソイドがいいんだっていったでしょ!全くモロッコ人はすぐこれなんだから」とムハンマドの冗談をまにうけてなんだか御機嫌ナナメの御様子。ムハンマドはアラビア語でガイド氏に彼女が一体何を話しているか通訳しています。

するとガイド氏も「信じられん」といったふうにすっかりあきれて苦笑いとともに首をふっています。
そうこうするうちに料理ができあがり、サハラの夜にすっかり冷たくなった体を暖めながら、タジンは少し、また少し我々4人の胃袋へと収まっていきました。

 
  憧れのアウトドアライフと砂漠のシャワー

彼女は食事が終わると先に寝る、といって寝床が整えられた方のテントに向かいました。
ここぞとばかりに私は彼女がお昼以来何をのたまっていたのか、あらいざらい話しはじめました。3人でその愚かしさに大笑いしていると、なんと眠れないといって彼女がもどってきました。我々は火のそばへと再び迎えたものの、せっかくの夜をこれ以上彼女のよた話につきあわされたくなかったので、フランス語のまま会話を続けました。

しばらくして会話もひといきついたところで、ガイド氏がごそごそっと懐から怪しい包みを取り出しました。吸うかい、と私の方に差し出しますが、私は大のたばこ嫌い。そんなものが吸えるはずもありません。
おまけに「そんなものの力をかりなければ人生も楽しめない、創造力も湧きません、なんていうのはカッコよくもなければ芸術家でもなんでもない」と思っているので、私はにわかにポリシーのかたまりになり、力をこめてううん、と一言断りました。

が、彼女はそこでなんと言ったでしょう。
こんな地の果てまでやってきて「私、法律は守りたいの」!
法律を守るのは御立派ですが、別に何もいらないと一言断るのに法律を持ち出すまでもないのでは?私にはそれはまるで、自分の中に善悪の基準はないんですと言っているようにしか聞こえなかったのでした。
ムハンマドが、つきあいだからしょうがない、大丈夫だからもうあっちに行って寝ていていいよ、というので、私も明日の日の出に備えて寝床にもぐりこみました。

そこで最後に彼女がもう一言。
「私ね、ほんとはキャンプっていっても、なんか小屋みたいなのがあって、トイレとかシャワーがあるんだと思ってたの...」
これを聞いて私は死ぬ程おかしかったのですがひとまずがまん、彼女が続ける言葉に耳を傾けました。

「私、今回の旅行で一つ解った。ホントはこういうアウトドア生活って憧れだったんだけど、私にはできないってわかったよ。つきあう人も、こういうのが好き、っていう人がいいなって思ってたんだけど。それだけわかっただけでも砂漠に来て良かったと思う。こういうふとんとか、私絶対ダメだわ。」
砂漠を行く風だけがその後の沈黙の空間を吹き抜ける砂漠の夜。
彼女も私も、やがて眠りに落ちていきました。

 
  女の仕事

そして再び朝。
となりでごそごそ始まる物音で、私も目をさましました。あたりはまだ水色の空気に染まったまま。
けれどもそんなうちから砂山を登りはじめなければ、とてもてっぺんにはたどりつれません。朝の身支度もととのい、いよいよ登り始めようとした時、ガイド氏も目をさまし、我々はすっかり熟睡しているムハンマドをおいて、頂上を目指して出発しました。

あたりの砂が、ブルーからオレンジ、そして黄色へと色をかえていきます。やがてはるかアルジェリアの向こうから顔を出す太陽。徹夜仕事をしながらむかえる日の出の緊張感とはやはり大違い。
たまには健康的な早起きもいいものだ、と思っていると、日の出を我々と確認したガイド氏は砂山をまっすぐにかけ降りていき、さっそく朝ごはんの支度をはじめました。

私達日本人二人も日の出を前にしばらく感概にひたったあとそれぞれに砂丘をかけ下り、暖かいお茶とパンの簡単な朝食をほおばりながら、みんなでそのへんの物をなんとなくかたずけはじめました。まずは自分の荷物をまとめ、一ケ所に集め、後はガイド氏が遠くに行ってしまったラクダの方に、ムハンマドは残った生ものや朝ごはんのしまつ。
私はまだテントの中に毛布などが残ったままになっていたので、砂をはたいたりたたんだりという作業をはじめました。
ところが彼女。パンとお茶を手に持ったまま、なにか手伝おうとする気配すらありません。それどころか残り物の始末をするムハンマドと立ち話。まあそのうち食べ終われば何かするだろうと思っていると、こっちに来て私に言うではありませんか。

「私がなんで手伝わないかわかる?あのね、私、そういうのって、女がすることだっていう考え、まちがってると思うの」

もう、あきれはてて力だって出やしません。
自分ができることを進んで分担する。
アウトドア、というより集団生活の基本でしょう。そんなことに男も女もありません。開いた口がふさがらないとはこのことです。

いいかげんあきれながら、昨日つけた足跡が点々と残る砂原の上を、我々はロッジへと引き返しました。
ラクダからおろした荷物を車に積み込み、ラクダの旅の清算を済ませ、やがて出発の時が近づいてきたその時、先に車にのってまってるね、と車に向かおうとする彼女が私に言います。

「ねえ、今回はホントにありがとう。すごく楽しませてもらったから、ガソリン代以外にも、もう少し払おうと思うんだけど、どうしよう?」

その程度に使える気があったことを意外に思いつつ、
「じゃあきりがいいところで300DHお願いします」
するとわかった、とはいうものの、明らかに「しまった、言うんじゃなかった」とでも言うように、みるみる顔が曇りました。
別に彼女は苦学生でもなんでもなくて、旅に出る余裕さえある、きちんと仕事をもった30代の女性。
「すごく楽しかった」という思い出に、追加の65DH(700円くらい)が高いとは、私は決して思いません。

おまけに彼女、すでに30DH分のビールだって飲んでるし、そもそもティネリールからランドローバーでメルズーガまでやってきて、300DHなんかじゃ済まないというのに、もう、なんだそのカオはっ!!
頭の中は、そんなガメつい計算までがぐるぐる回り、もうあきれはてて倒れそう。
それだけでももうクラクラだったのに、まさかその「次」があるとは私も思いもしませんでした。

 
  「ホント」の気持ち

あきれはててよろめきつつ、だまって車に乗り込むと、話し込んでいたムハンマドがこっちに向かってきます。その後ろにはガイド氏の姿もありました。「今日はリッサニで市がたつ日だそうだから、そこまで送ってくよ、ちょっと遠回りだけど」
もちろんディスカウント料金で砂漠に連れていってくれたガイド氏。
私ももちろん「もちろんいいよ」と答えました。
彼はニコニコしながら彼女のいる後部の座席へ乗り込みました。

すると彼女が言うのです。
「あー、他の人も乗るの?!じゃあやっぱり最初に言った金額にして」

おいっ!!!!
この車はお前がチャーターしたんじゃないだろう!
まして自分だって親切にしてもらったくせに、なんてこと言うの!
私はついにぶちキレ、ここで降ろしてやる!とさけんでやろうとしたのですが、あまりの怒りに声も出ません。こんな経験は初めてでした。ものすごい顔で硬直している私に、心配そうにムハンマドが声をかけますが、「後で話す」と言うのがやっと。

このやろー!!砂漠のまん中で置き去りにしてやる!
と、もはや殺人さえ犯しかねない勢いの私の中で、もう一人の私が一生懸命なだめなだめて、なんとかリッサニまで持ちこたえたのでした。

リッサニでガイド氏を降ろしたあと、私はやっと口を開けました。
「この女、なんて言ったか知ってる?」
わたしがいきさつを話すとさすがのムハンマドもいいかげん怒り出しました。「町の門をくぐったらそこで降ろしてやる!いいか、お金だって一円ももらうんじゃないぞ!」

けれどもおたがい砂漠の道を走っている間に少し落ち着きをとりもどし、まあいいや、ホテルくらいまでは送っていってやろう、だって自分達まで不親切なまねをするようなことはしたくない、というところに落ち着いたのでした。

いよいよ町が近くなり、「一番安いホテル知ってる?」という質問に知らないと私は答え、私達は235DH、いらないからと告げました。すると、
「どうして?それはいけないよ。受け取って。はい。」
といってむりやり渡されましたが押し戻す。そんなことがしばらく続きましたが、途中で彼女の方が諦めた様子。私もこれでいいのだ、と胸をなでおろしました。

こんな人のカネなんて、それがたとえ1000DHでも欲しくない。
運のいいことに、町に入って比較的すぐ、ムハンマドが安ホテルの姿を見つけ、車を止めました。これでおさらば、と思っていると、「ちょっと待ってて」と「荷物を置いたまま」走っていきます。
ほんとにちょっとかと思って待っていると、3分たっても5分たっても戻ってきません。いいかげんしびれをきらし、荷物を道路にぶちまけて行ってしまえ、と思ったそのとき戻ってきて一言。
「値段の割に部屋がきたない。他行ってくれる?」

はぁ??
まるでタクシーか何かに乗ってるみたいなその口ぶりに、2人で固まってしまいました。
先ほどからの沈黙。さすがの彼女も、そこでようやく私達の様子がおかしいことに気がついたようです。
「やっぱりいいや。町の様子がわからないからバス停まで送ってくれる?そこまででいい」
私もムハンマドもだまったまま。車はすぐにバス停の前に着き、私は勢い良く扉をあけてやりました。
彼女は荷物を掴みながら言いました。

「ほんとに親切にしてくれてありがとう。凄く楽しかった。じゃあ、さよなら。」
そして扉をしめて走り去ろうとする私達に最後にもう一言。
「お金、シートのポケットに入ってるから。ほんとに私の気持ちだから。受け取って。じゃあ。」

車内に訪れた沈黙。
サハラの乾いた風が、すーっと吹き抜けていきました。
「最悪なの、拾っちゃったね...」
走りながら私がシートのポケットに手を突っ込むと、そこには「ほんと」の彼女の気持ち、225+5DH=230DHが無造作にねじこまれていましたとさ...。

そしてずっと後になって私は思い出したのでした。
彼女、そういえば自己紹介の時に、出身が名古屋だって言っていなかったっけ?
とすると、お金への異常なこだわりぶりになんとなく理由が見つけられたような気がして、後はもう、乾いたお日さまの下、ひたすら笑い続けることになったのでした。

 
インシャアッラー 夕闇のひったくり

管理人は著作権を放棄しておりません。
情報の引用、転載、転用にあたっては必ず管理人yama-sanにご連絡下さい。
(c) yama-san all rights reserved